総合案内 2022
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建学の精神15 神奈川工科大学を運営する学校法人幾徳学園を創立した中部謙吉が学校経営に乗り出したのは1962年のこと。高度経済成長期の真っ只中で産業界から理系人材のニーズが高いにも関わらず、国内には理系の専門教育機関が少なく、高等専門学校はほぼすべてが国立のものという時代。そこで謙吉は自ら理系人材の育成に乗り出します。 現在の大学の前身となる幾徳工業高等専門学校は1963年に開学。当初は機械工学科、電気工学科、工業化学科という学科構成で、理系人材の慢性的な不足という現代にも似た状況下で、新たな人材の育成がスタートしました。 その後、1975年には幾徳工業大学が開学し、1988年に現在の神奈川工科大学へと改称し、学びのフィールドを広げていきますが、謙吉が教育にかける想いを込めた「建学の精神」は変わることなく現代に受け継がれています。学生への向き合い方、学習環境の大切さ、学生を育て自らも研究者として活動する教員へのこだわり、そして家庭の経済的負担にまで及ぶ謙吉の熱い想いは、現在の神奈川工科大学を形づくるすべての源泉となるもの。「このような教育機関を開学したい」という想いをそのままに表したという意味において、他の大学の建学の精神とは大きく異なるものとなっています。キャンパスの中央広場でいまも学生たちが学ぶ姿を見守っている中部謙吉の銅像。中部謙吉の手書きの「建学の精神」からは、未来の人材に込めた謙吉の熱意と希望が伝わってきます。「どんな大学?」に答える6つの視点創立者・中部謙吉の熱い想い神奈川工科大学はどんな大学か?その答えは建学の精神にあります学問と人間を並行して親切に教育し、学問は静に勉学に励めて学費は家庭の負担を軽く教師は優秀練達を選ぶ科学は人類の進展に必須である。

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